“こころ”の学校

 高いレベルの“こころ”の成長

​無量のこころ

​慈しむ心を育てる

“怒り”

浄化・無条件降伏

〜一日集中講座〜

多くの人が言う幸福とはまるで違った、

とても広大な幸福が“無量の心”から生まれます。
ほとんどの人は、この幸福な心を知らずにこの生を終えていきます。
なぜなら、その心は気づき、育てないとあらわれないものだからです。

すべては“流れ”の結果

どんな生命も幸福になりたいのです。
誰ひとりとして不幸にはなりたくありません。
     
しかし、幸福になれる人と、なれない人がいます。
 
色々なことを真面目に頑張ってるし、
努力しているのに、幸福になれない。
  
幸福がいつも逃げていってしまうように感じたりします。
 
そんな人もいます。

しかし一方でいつも幸福を味わいながら生きている人もいます。
どんなことが起こっても幸福なのです。

泥棒が入っても幸福なのです。
大切な鞄を電車に忘れても幸福なのです。
                   
では、なぜそうなってしまうのでしょう。
同じように真面目に努力して頑張っているのに、
その違いはなんなのでしょう。
            
ここで押さえておかなければならないことがあります。
     
それはある法則(事実)です。
  
「因果(因縁)法則」というものです。
 
ご存知の方も多いのではないかと思います。
  
過去の行為が現在の結果としてあらわれる、
そんな風にとらえているのが一般的だと思います。
 
確かに間違いではありません。
 
例えば、、、 
「お腹が空いたので、パンをコンビニで買って食べたら満たされた」
などがそうですね。
   
お腹が空い(原因)たというのが満たされた(結果)。
というわけです。
    
しかし、もう少し厳密に言うと違います。
      
お腹が空いた(原因)ので、パンをコンビニで買って食べたら(条件)満たされた(結果)、となります。
 
「パンをコンビニで買って食べる」
という条件が整ったので満たされたわけです。
 
もう少し違う例えで言えば、、
         
資格試験の勉強を一所懸命やりました。
夜寝るのも忘れるほど頑張りました。
模擬試験も合格ラインを軽く超えていました。
     
でも、不合格になりました。
  
合格するための勉強(原因)は整っていました。
でも、それだけでは合格できないのです。
 
試験を受けるためには、試験当日、試験会場に行かなくてはなりません。
そのためには電車などを使わなくてはなりません。

その電車が突発的な大雪で動かなくなってしまったら、
試験会場に行くことはできません。

もしくは、当日インフルエンザにかかってしまって寝込んでしまったとか、
試験会場に向かう途中で車にはねられてしまって、入院してしまった、
こんなこともあるわけです。
   
もし、そうだとしたら計画した通りに合格することはできません。
    
仏教には因縁という言葉あります。
  
原因があり、それになんらかの条件(縁)が加わることです。
当然、結果はついてきます。
     
お腹が空きました。しかし、どこにも買うところがありません。
今とても空腹でイライラしてます。
    
試験勉強は完璧です。
しかし、車に跳ねられてしまいました。
とてもショックを受けています。
            
原因となるものは同じです。
でも、結果は条件によって変わる。
       
それが因縁です。 
         
因縁があることで、今の結果があるのです。
つまり、因縁が結果を決めることになるのです。
         
もっとこの法則を深くみてみましょう。
          
そもそも、なぜ空腹を感じたのでしょう。
そもそも、なぜ試験勉強をしたのでしょう。
  
そして、なぜ食べ物が売っていないところにいたのでしょう。
なぜ、車に跳ねられる場所にいたのでしょう。
        
なんで、そのような行動をしたのでしょう。
       
実はその根っ子にあるのが“こころ”なのです。
   
こころがすべて関わっているのです。
              
空腹(食欲)を感じるのも、勉強したのも、
“こころ”のはたらきなのです。
    
食べ物が売っていないところにいたり、
車に跳ねられる場所にいたりするのも、
こころがそのようにはたらいたからです。
            
とういうことは、因果(因縁)法則というのは、
こころのはたらきそのものである、と言えます。
    
これだけみても一般的にとらえているのとは、
ずいぶん違うのが分かるはずです。
      
でも、因果(因縁)法則はもっと深いのです。
もっと複雑なのです。
           
ですから、「因果(因縁)法則」については、
このくらいにしておきます。
     
しかし、ここでしっかり押さえておいてほしいのは、
因縁(条件)が結果になる、ということです。

 

幸福になる流れ、不幸になる流れ

ここで、幸福について話しを戻してみます。
       
このように因縁が結果になるのですから、
幸福になる因縁、不幸になる因縁があるわけです。
   
そして、その因縁は“こころ”と大きく関わっています。
   
つまり、幸福になるのも不幸になるのも“こころ”次第なのです。
  
では、どんな心が幸福になり、
どんな心が不幸になるのかということになります。
     
その答えは明確です。
  
善心が幸福への道となり、
不善心が不幸への道となります。
 
善心で行為し続けることが、幸福なのです。
不善心で行為し続けると不幸になる、のです。
         
因果(因縁)法則です。
       
このように、人のこころには善心、不善心があります。
また、善でも不善でもない心もあります。
         
さて、では善心、不善心とはいったいどんなこころなのでしょう。
       
善心で行為すれば幸福になるのは分かりました。
不善心で行為すれば不幸になるのも分かりました。
  
その辺の理屈はほとんどの人が理解できることだと思います。
 
しかし、問題はどんなこころが善心なのか、ということです。
どんなこころが不善心なのか、ということです。
            
それが明確にならないと、幸福になることができないですね。
不幸への流れを断ち切ることができないのです。
       
ブッダの説法(経典)を整理・体系化した研究(論蔵)には、
そのあたりの区分け、定義づけが明確にされています。
        
つまり、善の心、不善の心の種類が明確に分類されています。
     
ですから、まず幸福になる善の心の種類を理解します。
そして、それを“育てる”ことをします。
   
心はそのまま放っておいても育ちません。
どちらかというと不善に傾いていきます。
      
ですから、“育てる”ことをしなければなりません。
幸福になりたいのなら、善の心を育てるしかないのです。
        
そして、不善の心についてですが、
同じように不善の心の種類を理解します。
     
そして、不善の心の炎に早期に気づき、
それを“気づき(サティ)”で消化するようにします。
また、不善の炎が燃え広がらないようにします。
 
まず、善、不善の心の種類を明確に理解する。
そして、善の心を何度も繰り返し再生することで、育てる。
合わせて、不善の心の炎を早期に消化する。
      
このような心を浄・善にするトレーニング(修行)を続けるのです。
      
そうすることで、心の働きが善に回転し続けるようになってきます。
つまり、それは幸福な状態だということですね。
               
このトレーニングでは、善の心の中で要となる、ある心所(心の中身)に焦点をあてています。
その心所は「無量心所」と呼ばれるもので、どこまでも善の心を育てることができるものです。
量ることが無理なほど、大きな心に育つのです。
       
その心所が育つと大きな優しさが育ちます。
満たされることのない欲に振り回されなくなりますので、渇いた心に潤いが戻ります。
怒りが減ってきますので、怒りの猛毒から逃れられます。
心の火傷が癒されます。
心について明確に理解できるので、混乱した曇った心がすっきりします。
            
ということで、とても大きな幸福につながるのです。
         
このトレーニングではこのようなことが可能になります。
   
善の心を育てるには、何度も何度も善の心を再現させなければなりません。
放っておいたら、すぐにもとの状態に戻ってしまいます。
それは、不善心になっていきます。
    
ですから、しっかりと意識しないといけません。

意識するためには“サティ(念)”という浄心所を働かせます。
合わせて“意欲”という心所も働かせます。
さらに“端直性”という心所も働かせます。
 
ちょっと聞き慣れない、難しいと思われる単語が出てきてますが、
これらはブッダ(初期)の用語です。
     
そのはたらきについては、このトレーニングの中で学んでいきます。
      
しっかり意識できたら、次にやることがあります。
         
それは「無量心所」つまり限りなく育てることが可能な心を再現するのです。
それを体験するのです。
  
現代のほとんどの人が、この心の感覚を知らないで人生を終わっていきます。
つまり、それだけあらわれることが少ない心なのです。
  
意識しないとその心所はあらわれることはありません。
また、それはトレーニングしないとあらわれることはありません。
 
しかし、一度意識してそれを体験することで、
再現させることが可能になります。
   
このトレーニングでは、意識してあらわす方法、
そして再現させる方法を学んでもらいます。
 
その方法は日常の暮らしの中で簡単に使えるものです。
ですから、自宅でも、職場でも、どんな時でもできます。
  
繰り返しやればやるほど、その浄心所は育ちます。
   
「因果(因縁)法則」を思い出して下さい。
    
今のあなたが善心で行為すれば、
未来のあなたは善の心に満たされることになるのです。
 
つまり、幸福がしっかりと根付くことになるのです。
   
泥棒が入っても幸福なのです。
大切な鞄を電車に忘れても幸福なのです。
どんな時でも穏やかな安らいだ心でいられるのです。
      
そのような幸福なこころをブッダ(覚りを開いた)の論理に基づき、
体験し、そして育てることをこの一日集中実践編では行います。

なぜ“無量心”が人生に欠かせないのでしょう

無量心というのは俗な言葉で言えば“愛”と言えます。
    
しかし、とても大きな違いが二つあります。

   
まず、ひとつめですが、、、
一般的に使われている愛は人間関係に使われているものです。
男女間の愛もそのひとつです。
俗世間では概ねその辺を愛と言っています。
また、こういった愛を求める欲求がとても強いです。
愛欲と言えるでしょうし、愛着というとても強い執着(煩悩)の原因にもなります。
不善心です。
          
もう少し視野を拡げると人類愛などと言う愛もあります。
いずれにしても、人間同士という範囲で使われています。
     
しかし、この無量心というものは、人間だけではなくすべての生命を対象にしたものです。
すべての生命に対するとても大きな優しさなのです。
 
ちなみにすべての生命というのは、
犬や猫、鳥、熊、馬、牛、虫などといった、私たちに認知できる生命だけではなく、
地獄の生命や神々などの多次元の生命さえも含まれています。
      
すべての生命とはそこまで広大なものであり、
それらの生命すべてに対する優しさのことを言っているのです。
  
ちなみに、無量心というのはブッダの教えから来ているものです。
ブッダの教えは、このようにとても広大な優しさからきています。
 
これが、ひとつめの違いです。
   
ふたつめは、、、
“愛”という言葉の定義ですが、とても曖昧だと思います。
キリスト教では「神」が愛となるのでしょう。
  
しかし、その愛とはどんなものなのかよく分からないのが現実だと思います。

    
「いや、こんな感じです!」と言われても、
それはその方の感覚(感情)の世界であって、
また、概念であって、やはり曖昧です。


それが感情論だとしたら、

それは神の愛とは言えません。

    

このように理解が曖昧では、すっきりしません。
やはり、明確な定義があった方が生きる指針になります。
つまり、迷わず進むことができるのです。
   
ブッダが説くこの「無量心所」には明確な定義づけがされています。
ですから、私たちもよく理解できるのです。
     
よく理解できますから、すっきりそこだけに焦点をあてることができます。
つまり、凝念(集中)できます。
結果としてその心所をしっかり育てることができるのです。
  
ふたつめの違いは、このようなところです。
  
よく言われる“愛”という言葉はこのように曖昧なものですが、
この、「無量心」には明確な定義がある、というのがふたつめの大きな違いです。
    
この集中実践編では、無量心について詳細にお伝えします。
 
さて、この無量心が育つとどうなるのでしょう。
私たちの身近な暮らしの中で、どのようなところが変わっていくのでしょう。
       
まず、言えることは無駄な欲が消えます。
ですから、こころに余裕が生まれます。
       
何かをしなければならない、どこかにいかなければならない、
そんな落ち着きのないそわそわした欲に翻弄された世界から解放されます。
   
また「こんなものが欲しい、あんなものが欲しい」
「あんな人になりたい、あんな風になりたい」
といった渇いた欲のこころが潤ってきます。
         
それから、怒りが減ってきます。
怒りは猛毒です。また炎とも言えます。

それは喩えではなく、実際そうなのです。

自分の衣服に火がついたことを想像してみてください。
熱いですよね。
    
熱くて暴れ回って、パニックになって駆け回るでしょう。
自分がいったい何をしてるのか、混乱してしまいます。
怒りが主(あるじ)になってしまっています。
 
そして、身体にもその炎が移り、肉体をジリジリ焼いていきます。
やがて、苦しみにのたうちまわりながら死に至るのです。
 
怒りというのはこのようにとても恐ろしいものです。
 
身体に火がついたよりもさらに危険な感情、とも言えます。
      
そして、この苦しみはこの世で終わるのではなく、
あの世にもつながっていくのです。
  
とにかく恐ろしいものだと、
しっかり肝に銘じることです。
  
そのような怒りが“無量心所”を育てることで、
自動発火することがとても少なくなるのです。
 
あらわれたとしても、すぐ消えていくのです。
   
無駄な欲が消えていきます。
怒りの火がつかなくなってきます。
 
欲、怒りは苦しみの根源(栄養)です。
 
それが、減っていくのです。
それは、本当の意味で幸福になることです。
  
無量心が育つことは、とても大きなこころが育つことです。
それはとても大きな人間になることでもあるのです。
 
大きなこころで、慌てず、落ち着いて、穏やかに日々をすごす。
それが“無量心”が私たちの人生に欠かせない理由のひとつです。
  
しかし、本当はもっと大きなものです。
無量という言葉がつくくらいですからね。
 
ブッダが“無量心”について強く説く理由はそこにもあるのです。
   
でも、この“無量心所”はそう簡単にあらわれるものではありません。
それを忘れないで下さい。
    

無量心の存在にまず気づき、
意識的に育てることをしないといけないのです。
 
ですから、ほとんどの人が知らずにこの生を終えていくのです。
    

この講座の特徴

このトレーニングは東洋の哲学、思想が核になっています。
       
特にブッダの教え(初期仏教)がその背景にあります。
           
なぜなら、その教えが心の謎をすべて解き明かしてくれてますし、
その教えは明確に体系化され、とても論理的なものだからです。
       
また、私たちの心を高いレベルに成長させる
具体的な方法も用意されているからです。
          
他にそのようなものを見当たりません。
    
西洋で体系化された、
カウンセリング、コーチング、コンサルティング、、
これらのベースとなっている心理学、NLP(神経言語プログラミング)、
マインドリーディング、プロファイリング、などには限界があります。

こういった体系化された西洋方式は、
あくまで対処療法としては使えることができるでしょう。
      
心の表面的なもの、
心のさざ波への一時的な対処法なのです。
  
それは結局、取り繕っていることと同じなのです。 

なので、、、
“心”の本質にまで関わることはできません。
  
“心”の本質に関われない限り、
高いレベルの心に成長することはできません。
  
そのような理由から東洋の思想・哲学、
その中でも心の謎をすべて解き明かしている、
ブッダ(初期仏教)の教えがメインになっています。  
     
また、合わせてラージャ・ヨーガ(心理ヨーガ)、
ジュニャーナ・ヨーガ(知性ヨーガ)というものも
このトレーニングでは随所に出てきます。
              
ここでいう“ヨーガ”とは、最近よく聞かれるヨガとは別の次元のものです。
   
つまり健康、美容、痩身、癒し、といったことを目的に
ポーズ(アーサナ)する体操ヨガではありません。
     
ヨーガ本来の目的は、心の絶対的な解放、
つまり解脱を目指すことです。
 
そういったヨーガ本来のことです。
 
このトレーニングは、ブッダの教え(初期仏教)をまずしっかり土台にしてあります。
心を高いレベルに成長させてくれる、体系化された理論(証拠)が背景にあります

 

講座概要(予定)

Ⅰこころの基礎を学ぶ(論理編)
育てるべき善心所、断ち切るべき不善心所を明確に理解します。
・こころについて(概要)
・善と不善(悪)について
・善心、不善心の種類について
・苦しみを生み出す根本原因の理解
・無量心所という広大な浄心所の理解
・幸福な心と不幸な心の理解
        

Ⅱ広大な浄心を育てる方法(実践編)
心の波を大きなゆったりとした静かな波(凪)に育てます。
とても深い安寧の世界を体験します。
その時の感覚をしっかり味わいます。

・サティ(念)ワーク
“サティ(念)”“端直性”という意識をすっきりさせる浄心所を育てます。


・ストップ瞑想法ワーク

思考と身体を突発的に意識的に止めることを行う。
それによって妄想(思考)による支配から解放され、その解放感を体験する。

・深く大きな海の底ワーク
在るがままを観るトレーニング。
自分もふくめて、すべてを在るがままに観ることでの気づき(サティ)から目覚めへ進む。

・ハートフル呼吸法ワーク
心臓に瞑想し心の波長をおだやかな波長に整えます。

・ブッダが伝える「メッター瞑想法」の理解と実践
ブッダが説く“四無量心”という広大な心を体験し育てる方法を学びます。

申込及び開催概要

【形態】
 1日集中実践編  実学70%、座学30% 
    
【定員】
 少人数集中制 8名(会場等の状況により多少前後します)
    
【日時】
 次回開催日が決まり次第ご案内します。
 午前10:00~16:00 受付:午前9時半〜
     
【場所】

 ツインメッセ静岡 408会議室
    
【講師】
 井澤直樹(ムサ・コジ)
 プロフィール詳細はこちら
  
【持ち物】
 筆記用具 昼食は各自ご持参下さい。
 
【受講料】
 35,000円 ※消費税込、教材費込、入会金等不要 
  
【早期割引特典】
 平成29年11月7日(火)午前0時までに申込 10,000円割引
 ※ワンポジ割引特典との併用はできません。
  
【ワンポジ割引特典】
 直近のワンポジイベントに参加された方は、
 通常価格から5,000円割引となります。
  
【その他割引特典】
 「スピークパフォーマー基礎トレーニング」を受講された方は20,000円となります。
 
【再受講特典】
 このトレーニングは繰り返し行うことで、その効果はさらに加速され、確実に身につきます。
 再受講されることをおすすめします。
 10,000円で受講出来ます。3回目は無料です。
 4回目以降はダーナ(お布施)となります。

 

【お支払方法】
 お支払先等につきましては、申込された方宛に直接ご連絡させていただきます。 
 お支払いは申込頂いた日より1週間以内にお願いします。
 ※クレジットカード(paypal)使えます。申込の際メッセージ欄にその旨ご記入下さい。   
 ※分割払制度もありますのでご相談下さい。
(申込の際メッセージ欄にその旨ご記入下さい)
 ※学割制度も適用され40%割引となります。(申込の際に問合せ下さい)
 
【保証制度】

 全額返金保証制度適用 受講後3日以内 
 

※終了後アフターを別の場所で用意する予定です。アルコールもありますのでお車にはご注意下さい。

「リーラ・ザ・ブッダ」
​“自在人倶楽部”主催